それは本当に子どものためか?

 

「子どものため」

そう言ってあれこれ検討したり、選択したりしている話をよく耳にします。

ちょっと待ってください。それは本当に子どものためですか?

 

例えば、

子どもの習い事、幼稚園選びや学校選び。。

 

冷静に考えるとそれは、子どものためではなく

親の都合

だったりすることはないでしょうか?

 

一見子どものことを考えての選択であるように見えても、

それは親の世間体や、親の意見、親の意思

であって、子どもの意思は尊重されていないこともあるのです。

 

実際そこに子どもの意思はない

 

というより、特に年齢が低い子どもであれば、
本人はわからないということの方が多い

 

というのは事実としてあります。

 

であれば潔く

今は親の意思です

と言ってしまえばいいのにと思ったりもするわけです。

 

普段から子どもとコミュニケーションをとり観察していくことで、わからないなりに掴めていくことができると思いますし、それが一番できるのは、

 

幼稚園や学校の先生、塾の先生ではなく

親だと思います。

 

 

◆習い事問題

 

 

よく周りでも聞く話ですと習い事問題は多いです。

「子どもに何を習わせる?」「何を習わせてる?」

 

を母親同士が議論している光景です。

 

そもそも、何かの習い事をさせる前提の元、会話が成り立っているのも不思議といえば不思議です。

 

幼い頃からの英才教育という考え方ももちろんあります。

 

実際私の知人でも、幼少期から無理やり習わされていた習い事を継続し、大人になってそれで食べている

ので、「結果的に感謝している」という人もいますし、

 

無理やり習わされ、大人になってもなおなかなか辞められず、「今自分の人生が狂っている」

と言っている人、

 

「自分の意思で辞めたし何の悔いもない」

という人など様々です。

 

私自身は、幼い頃の習い事で食べているわけでもないですし、人生が狂ったとも思っていないタイプで

 

そこそこ役に立った、変化のきっかけであったと、捉えており、それなりの感謝はあっても後悔はありません。

 

重要なのは、仮に本人が幼すぎてよくわからない時期に習わされたものであっても

物心がつき、自分の意思で物事を選択できるような年齢になった時に

子どものことをよく見て、よく声を聴くことです。

 

それは本当に本人のやりたい意思のもとやっていることなのか?

それとも本当はやりたくないのに親の顔色を伺ったり言い出せないだけなのか?

 

親の熱心さゆえにすごい結果を生んでいるケースもあるのですが、

それは日頃から子どもとコミュニケーションをとっていて向き合っている場合なのではないかと思います。

 

 

◆幼稚園や学校選び

 

これについては、子どもが幼い頃に自分で選択するというのは現実的に難しいため

家庭の経済的事情や教育方針によって決められていくのは仕方がないといえますね。

 

ただある程度の時期が来て自ら将来を考えた上での本人の希望が出てきたときに

なるべく意思を尊重して選択させたいという想いはどんな親にでもあるのではないでしょうか。

 

最近は小学生からのキャリア教育が取り入れられているようですし、キッザニアなどの職業体験も昔はなかったことですので、そのようなことがどんどん活発になっていけばいいと思っています。

 

ただし、未来には多くの職業が無くなっていくわけですから、単に「職業」を体験するのではなく
どうやって生きていくのか、つまり自分は何でご飯を食べていくのか、

 

経営する側、雇う側、雇われる側という考え方や
化学、技術的な部分に関わるのか、人の心を扱う部分に関わるのか、

 

など、興味関心がある分野、好きなこと、できてしまうこと

 

などを幼い頃から本人が考えていくことは必要で、その機会、環境を用意することは親の役目です。

 

 

◆子どもの「NO」の真意

 

 

大人でも精神の安定を保つのは大変なのに、まだまだ成熟していない子どもは不安定であることは当然です。

 

反抗期があったり、思春期が訪れたり、自分のことを振り返ってみても

人によって程度の差こそあれど、それなりにメンタルは波を打った人生だったのではないでしょうか?

 

子どもは「NO」を示す時があります。

それは明らかな言葉での態度であったり、何か別の形に変えてのNOであったり。。

 

そのNOのサインが出た時に私たちはどれほど向き合っているでしょうか?

 

表に出ている言葉や態度をそのまま鵜呑みにしてはいないでしょうか?

 

一体何がそういう言動を引き起こしているのか?

 

そこには必ず理由があります。

 

そして子どもに「なぜ?」を問うてみたところで答えを言語化できるわけではありません。

 

本人もわからないから苦しいのです。

 

大人であっても”自分の気持ちがよくわからない”

 

ということはありますし、実際に人は自分のことが一番よくわかっていません。

 

そんな時に必要なのは親がその「なぜ」に一緒に向き合う姿勢です。

 

答えはすぐにわからなくてもいい。

 

ただ、寄り添う、信じる、待つ

 

そういう姿勢なのではないでしょうか?

 

◆まとめ◆

 

 

私たちは親ですが、一人の人間です。

 

無知で未完成なのです。

 

だから子どもに偉そうなことを言っても逆効果。

 

等身大の自分で、精一杯向き合うとしたら

自然と自分にできることは見えてくるのではないでしょうか?

 

子どもが求めているのは完璧な親の姿なのではなく

 

理解者です。

 

親子であっても人を理解するなんてできるわけがないのですから

 

だったらせめて

 

なんとか理解しようと努める

 

これが私たちが誰にだってできることなのではないでしょうか?

 

人と人はどんな関係性であってもコミュニケーションをとって生きていきます。

 

そのために言葉があるわけですが、1つ1つの言葉の定義というのは人によって違いますよね。

 

コミュニケーションの相違はそんなところからも生まれます。

 

だから、まずはコミュニケーションとは

「相手を理解しようと努めること」

 

相手が使っているその言葉は

 

どんな意味を持っているのか?

どんな前提があるのか?

 

など、見えていない部分をいろんな視点で考えてみる。

 

そういうところから意識していくと相手を尊重したコミュニケーションは磨かれていきます。

 

そんな私はいつも失敗しては反省し、そして次のコミュニケーションに生かして実験

 

そんな日々です。

 

とにかく

 

「しる」「わかる」「できる」

 

は全く違いますからね!

 

そして、

 

「それは本当に子どものためか?」

 

これは常に意識して自分に問うてみると良いかもしれませんね。

 

 

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